【解説】稲文(いねもん)とは?日本伝統文様にある稲(いね)を徹底解剖!

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稲文 – いねもん –

古代から日本人の主食でもあり、五穀の中でも「嘉穀(かこく)」とも呼ばれていました。
因みに「嘉穀(かこく)」とは、「良い穀物」という意味もあるそうです。

そんな稲文をご紹介致します!

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稲(いね)とは?

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稲(いね)とは、イネ科イネ属の植物で一年生作物です。
インドやマレーシアが原産地であるとされているそうです。
稲(いね)の栽培は、3月末頃に種まき、梅雨前に生育し、秋の11月から12月に収穫されます。

稲(いね)は縄文時代後期に、朝鮮半島か中国の揚子江(ようすこう)周辺から、「ジャポニカ(日本型、所謂現在私たちが食しているお米です)」という種類の稲(いね)が北九州に伝わった説があります。
約2,000年前の弥生時代中期には、本州の一番北(今の青森県付近)でも、稲(いね)が栽培されていたようです。
北海道は一番遅く、明治時代になってから栽培され始めたみたいです。




稲文(いねもん)について

丸に変り抱き稲-とらぞう
家紋:丸に変り抱き稲(まるにかわりだきいね)
参考:家紋のいろは

稲文(いねもん)は、染め織物や工芸品の装飾としてはあまり用いられて来なかったみたいです。
古くから豊穣や富貴(ふき)の願いを込めて、稲を束ねた姿や稲束を丸く図案化した文様を、小紋などに用いられてきた。
それに対し、稲文(いねもん)を紋章としたデザインは多く、京都の伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は神紋(または社紋)に稲文を掲げています。(下記👇家紋参照)
若干、京都の伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は神紋(または社紋)とはデザインが違いますが、「抱き稲紋」です。参考までに^^
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家紋:抱き稲(だきいね)
参考:フリー素材サイト発光大王堂




稲文(いねもん)が使用されたデザイン

奥村政信(1686-1764)-ゆうじょう、アンダースタディ(カムロ)と従者

奥村政信(1686-1764)-遊女と禿と従者
Okumura Masanobu (1686-1764) Yujo, understudy (kamuro) and man-servant

参考:National Museum of Asian Art

👆粟か稲か悩みましたが。。。多分稲かと!
もし、間違いでありましたら、意見をお願いします。。

 

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※2021/12/29(水)更新※



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